昭和五十七年二月四日 朝の御理解

x 御理解第八十八節 「昔から、親が鏡を持たして嫁入りさせるのは、顔をきれいにするばかりではない。心につらい悲しいと思う時、鏡を立て、悪い顔を人に見せぬようにして家を治めよということである。」


 昨日は梅の実会でございました。梅の実会が出来て、そうでしょうか、まあだ四、五年位でしょうか、当時、結婚したばかりの若い嫁さん達ばっかりの会合でございました。が今日ではもう一児、又は二児のお母さんとして皆おかげを受けておられます。最後に若先生が申しておりましたが、一番初めにこの、梅の実会が始まった時には、姑親との折合いの事やら、又は世間話的な会合で終わっておいたのが、今日皆さんの一人一人の話を聞かせて頂いて驚いてしまう、という話をしておりました。
 私は今日の御理解を頂いてまさしく教えの鏡を立てて親に子供に主人にね。その様々な様相を自分の心ひとつに写し出して精進しておる姿にも私は驚きました。はあまあ、この頃、というが一年前に結婚した方達が何人もおりますが、丁度一年後に子供に恵まれて、女という、女というち言うがおかしいですけど、ね。その、お母さんになったらどうしてあんなに強くなるだろうか、と私はそれぞれに思いました。ね。
 女は弱い、けれども母は強いといったようなこと。確かにそうです。も一番驚きましたのはあのう、佐田先生所の紀子先生、です。そりゃ皆さんも御承知のようにそれこそ大物も言わん。それこそ静かで静かで堂々ともうその、家内として母親として信心を、その信心の内容も素晴らしい、です。神様を信じて疑わない堂々たる発表でした。
 例えばまあ今は輿一郎君が出来て何ヶ月でしょうか。あのう親先生がいつも言われる、子供に凡情をかけてはならない、と。子供が寒い、という時には、ね。慌ててまわって着物を一枚着なさい、というような生き方は本当ではない、と、ね。表を一周、ひと周り走っておいで、と、身体が温もるよ、というような生き方を、もう私は生まれたばかりの輿一郎にそれを実行している、という事を話ました。はあ、今日は寒かけん一枚よけ着せよう、と、ね。まだ走って声も言わんその赤ちゃんに対する母親の子育ての姿勢なんですよ。ね。
 も本当に神様を、ね。生まれてからお乳が出ませんでした。ね。それでもう神様に子供を頂いたからお乳の出らんはずはない。その信念で本当に、あの、壱岐の方から来てる、壱岐のお母さんがお世話に見えとりましたが、ある時婦人総代の佐田さんが二階におりますから、御見舞いに行かれたら、もうそれこそその、火のつくように泣いておる子供が、ね。それがあの、お乳が足りないもんですから、それでお世話に見えとるお母さんが、合楽教会という所は子供がこんなにひもしがっても作り乳を飲ましていかんとでしょうか、と言うて泣かれた、という事です。ね。
 ところが神様の御都合といいますかね。そのお母さんがそれこそ泣く泣く帰られた、その後からお乳が両方から出るようになった、と。その辺のところの、その神様を信じて疑わないその生き方からね。弱い女もいわば母親になった途端に強くなった。その強くなったという事は神様を信じて、神様を信ずる力が強くなった、というのです。
 もう子供を育てる手立ては、この生き方以外にはない、親の信心以外にはない。こんな素晴らしい、私は鏡を立てる、というて、今日の御理解でいうと、ね。私はこの、鏡というのは教祖はやはり教えの鏡という事だと思いますよ。どんな場合であっても、その梅の実会の皆さんの場合、もう一人一人がいうならば教えに取り組んでの失敗談やら、おかげを受けた話やら、もう教えをそのまま鏡にしての取り組み。
 まあようここまで育ったもんじゃあるなあ、と私も最後に申しましたけれども、この人達がまあ、次の時代の合楽の婦人部の中心をなす人達であろうが、本当にたのもしい限りだね、と言うて申しました事でございますが、これは若い嫁さん達の事だけではありません。お互いもやっぱり教えの鏡を立てて果たしてどれだけ自分という者が正されていっておるか、自分の心の状態がどのように育っておるか、という事でございます。
 z『私は昨夜もその事を神様に、もうしきりにその事がもう有難い、と思いましてね。その事を御礼申さしてもらいよりましたら、御心眼にあのうもう「自由自在に小船をこう竿を差しながら、操っている所」を頂きました。』竿は三年櫓は三月と申します、ね。あの小舟を竿で操るという事が大体一番難しいんだそうです、ね。だからね、まずはね。竿は三年というその、いうなら舟を操らせて頂く基本になるもの。
 いうならば小舟を自由自在に操るという事は鏡を立てて自分の心を自由自在に、ね。操られる、という事がまず信心の基本です。合楽理念の基本です。心ひとつですべてを創る、だから有難い方へ有難い方へ、たとえて今、くの一会じゃないですけれども一切を有難いという答えを出すところまでは、それをこう推し進めて自分の心を、に取り組んでいこう、とこういう、ね。
 私、昨日のその若い嫁さん達のお話の一人一人のお話のもう一人一人があのうそうでした。ね。もう本当に、本気で自分自身の心を有難い方へ有難い方へと使いこなしていこうとしておる精進の模様を話しております。ね。そしてそこに有難い答えを出していっとります、ね。兎に角、親の悪口とまあいうならね、若い嫁さん達が姑親の悪口なんかやら出がち、家のお母さんはこうですといったような話が出そうだけども、これから先も出ませんでした。ね。出らんどころか、もう本当にいうならば、一切の事に有難い有難いの答えを出して行く事の精進、いうならば自由自在に小舟を操らせて頂いけれる、いうなら竿は三年という難しい、その、基本に取り組んでおかげを頂いておる。
 これからいうならね。浅い所は竿で差し深い所は櫓を、でというようにまあだ、それは本当に浅い信心なんです。けれどもこれが深い所へ、広い所へ漕ぎ出して行く事でしょう、ね。そうしてそこからいうならば櫓の操り方も又、勉強していく事でしょう。私は、今日の御理解を頂く時に、いつもこの、八十八節という御理解は本気で、ね。私共が、いうならばここにあります、家を治めよ、という治める、という字がサンズイ偏にム口ととあるように、自然に起きて来る成行きそのものを本当に押し頂く思いで頂いて、無口である、黙って治める、もうこれです、ね。
 この生き方をいよいよ体得して、それにはやはり難しい、といゃあ難しい、ね。けどもその難しいのを、いうならば自由自在に操られるようにならせて、ね、頂く。だから問題はそれを稽古しょう、という構えを作らにゃ、いつまでたったっても信心な難しい、と、ね。とても私だん信心な出けん、というて、稽古しょうともせずして信心は難しい、と言う。信心は容易いものじゃが、とおっしゃる、教祖様が、ね。
 本気で構えを作って稽古しょうという気になったら有難いのです、難しいけども楽しいのです。ね。自由自在に小舟が操られるようになり、段々深い、信心の深い所に、浅い所では小さい魚しか住みません。いよいよ深い所に漕ぎ出し、一遍に深い所に漕ぎ出すわけにはいきません。まず浅い所から、そして自由自在に小舟の操り方を体得してから、深い所に、いよいよ広い、深い、それこそ鯨の住むようなおかげを頂く為には、それからいよいよ、いうなら八十八節である。広がりに広がっていく、という、ね。
 これはもう絶対なんです。大きなおかげば頂きたい、と思うなら大きな深い、広い、心を頂かなければ大きなおかげが頂けるはずないです。ね。養素拝山です。自分の心を養う素、養素。それは山を拝んでいく以外にはない。山という事は教祖は修行とおっしゃる、ね。信心も山登りも同じなんです。その修行そのものを合掌して受けていく。この生き方がいよいよ心を養のうていく素になるんだよ、という事なんです。
 養素拝山、いよいよ深くなる、いよいよ広くなる、そこには鯨の住むようなおかげにもなってくるわけであります。ね。その基本を作らずして大きなおかげばかり言うたって駄目です。私は昨日の梅の実会の会員の一人一人のお話を頂きながら、ね。ここん所を確かなものにして、そして次の信心にすすんでいかなければ、どんなに素晴らしいお話を頂いたって駄目です。
 昨日、一昨日から一昨日でしたか、今日も御参拝になっておられますが東京から、荒川ですか、教会の御信者さんがお参りになっとられます。昨日もやっぱり東京から、という、先だって奥さんがお参りになって、たまたま昨日は東京の刀研ぎ師の、初めて人間国宝になられた、という方の奥さんが熱心にある教会で信心なさっとられる。もう代々信心なさっとられる。その方が合楽の御本を、御本部で、あのう、休息所がありましょう、御本部の、あそこでおかげの泉を読まれたのが合楽に傾倒されていく、まあ始まりだったそうです。
 それからあちらのお茶を汲まれる方が吉井の元信者さん、古賀さん、に話したら、そんならあのうあちらに修行生の方が何人も見えとるからあのう言うてあげましょう、と言うて紹介されて、それから合楽の御本を次から次と、もうそれこそあのう、読みふけっておかげを受けておる、というふうに、で昨日、御道の信心させて頂いて人間国宝になったという勘三郎さんとか歌右衛門さんとか、とか、とそうですね。
 そういうまとめた御本を竹内先生とこに送って来てある。そして合楽理念に基づくおかげをこのようにして頂いてる、という御礼の手紙がまいっておりました。御主人はいわゆるまあその、研ぎ師で初めて人間国宝になられたという方の、その話を一節を読んでくれました。私はそれを聞かせて頂いて、もう感動が止まらない位でしたがね、素晴らしい、やっぱり名人、達人と言われる方達の、その、行い、というか、生き方、というものは素晴らしいですね。その刀を、刀と呼ぶ事を刀とは絶対言われない。お刀、お刀と言われるんです。ね。
 もう刀、それが命なんです、ね、その方の。私、その方がお刀と読んでおられる所を聞いた途端にもう感動が起こっておかしい位に感動しました。ここではすべての事柄に御の字をつけよ、と申しましょ。これは私がすべての事が神様の御働きと思うから全ての事に御事柄、御の字を付けよ、という、同じなんです、ね。只、御の字を付けさえすりゃよい、のじゃない。その、付けづにおられない、その研ぎ師の方が、です。その刀に「お」の字を付けなければおられない心の状態がやはり名人ともなられるような最高の、まあ、まあ人間国宝とまでなられたんだと私は思うんです。只御の字を付けさえすりゃよい、というじゃない。
 昨日の、ね、梅の実会の方達の一人一人の話はもう全ての事柄に御の字を付けとります、というわけではないけれども、御の字をいよいよ付けられれる事の為の精進をしておるです。ね。そこにはなら難しいけれども、竿は三年のいうならば修行がいるのです。そして自分の心をです、一切の事を、ね、成行きをいよいよ尊ばせて黙って治める生き方を身に付けさせて頂く基本の信心が出けて、いよいよこんだ深く広くなっていく、八十八節、ね。いよいよ深く広く大きくおかげを頂いていく為には、何というても心がもっと深くならなきゃならん、もっと広くならなきゃいけない。
 その為の精進は養素拝山による以外にはない、心を大きくしたい、と思うならば、ね。いわゆる心を養う素は、ね、起きてくる難儀と思うておったその難儀をです、ね。御神愛として合掌して受ける以外にはない。初めの間は苦しい、初めの間は辛い、受けられないようにも思う。けれどもそこを神様にすがって辛抱するのじゃ、ね。そうして行くうちにそれが楽に受けられるようになる、という事はそれだけ心が豊かに大きくなってる証拠ですから、もう必ず、これは豊かな大きなおかげが約束されるです。
 昨日、東京からお参りになられた方は、奥さんがここにお参りになって御主人の為に、あの、丁度、まあだひと月でしたから、ね。あの、八日の日の福引きが残ってましたから、それを一枚頂いて帰られた。ところが何と、その福引きに「難儀は神のウインク」とあった、と、もう驚かれたですね。それを見た途端にこげな教えがあっただろうか、と、昨日もそう言っておられます。難儀は神様のウインクだ、と。神様が交流を、ね、求めておられるのだ、と、ね。それに感動して是非合楽におかげ頂きたい、という気が起こった、と昨日は言っとられます。
 今日もまだおられますですか、その方です。本当に、確かにですね。難儀は神のウインクです。おかげやりたい、の一念の現れです。ね。それに、いうならばそれを実感出来る事の為に、です。いつも教えの鏡を立てて、です。自分を見極める、という生き方を見に付けさせてもろうて、ね。いよいよ心を養のうていく、という事の、いわば心を広く大きくする、という事の前提として一つ、竿は三年という所をまず実証しなければいけない、そして櫓は三月、あとはもう容易い、ね。櫓を漕いで広い深い所にも漕ぎ出していけれるようなおかげを頂きたい。どうぞ